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フィジオコントロール社と除細動器の歴史2013.06.17

一人の医師の情熱からスタートしたAEDの歴史。

フィジオコントロール社と除細動器の歴史

心臓血管外科医カール・エドマークが、革新的な直流除細動器を発明したのが1955年のこと。
今から50年以上も前の話です。
1950年代に入り、強い電気ショックを胸郭に加えることで、心室細動を停止できることは判明していましたが、同氏の取り組みが電気ショックによる効果的な治療が可能で有る事を証明する初期の例となりました。
同年にワシントン州シアトルにフィジオコントロール社を設立し、長年にわたって、革新的な技術を導入しながら、除細動器の開発・発展に努めてきました。
現在は、ワシントン州レッドモンドに本社を置き、100カ国以上の国で事業を展開しています。
今回は、これまでのフィジオコントロール社とAEDが現在のように普及するまでの歴史を振り返りながら、ご紹介したいと思います。

技術革新と軽量化を重ね進化する除細動器。

フィジオコントロール社と除細動器の歴史

1961年には、カール・エドマーク先生が開発した直流の除細動器の臨床試験に成功。
同年にはエドマーク波形を搭載した最初の商用モデルの直流除細動器が出荷され、実際に患者の治療に使われました。
さらに、ワシントン大学やハーバービューメディカルセンターの医師等の要請を受け、どうすれば一秒を争う心室細動の治療を現場で行うことができるかを研究し続けた結果、1968年には、世界初のポータブル式の心電図モニタ付き除細動器LIFEPAK ®33の開発に成功。
現在のAEDの前身となる革新的な発明につながりました。
1976年に開発されたLIFEPAK®5除細動器/モニタは、わずか19ポンド(約8.5キロ)と軽量で、救急隊員向けに改良が加えられ、病院到着前に利用される除細動器/モニタの定番機種の地位を築きました。
この年には、日本での事業がスタート。以降、40年近くにわたって、日本のお客様にご愛顧いただいています。
1985年には現在のAEDとほぼ同じ構成のLIFEPAK200が、又、1986年には家庭用AEDであるLIFEPAK100がリリースされています。
なんと30年近く前から現代のAEDとほぼ同じ構成の製品が開発され、以来長年にわたる研究と改良が続けられてきたのです。

扱いやすくメンテナンスしやすいAEDへ。

フィジオコントロール社と除細動器の歴史

1990年代に入るとさらに急速な発展を遂げ、1991年にリリースされたLIFEPAK®300は、最低限の訓練を受けた救急隊員を対象にした自動アドバイザリー機能付き除細動器で、この領域の製品の先駆けとなりました。
日本の救急救命士制度導入時には代表的な半自動除細動器として導入され、高く評価されました。
1998年には、いよいよ、日本で最初のAEDであるLIFEPAK®500が発売。
画期的な5年間のメンテナンス・フリーのバッテリーを搭載し、使いやすく管理しやすいAEDが確立されました。
1998年からは、世界的な医療機器企業であるメドトロニック社の傘下となりましたが、2013年1月末に再び独立。
日本での事業は平成25年2月1日より、フィジオコントロールジャパン株式会社に完全に移管され、いっそう日本の救急医療に役立つ医療機器の開発やサービスに邁進できる環境が整いました。
今後も除細動器と除細動技術のパイオニアとして、地域の救急医療を根底から支えるという使命を追求し続けたいと願っています。